暑い夏です。子供の頃、暑い日は草履作りをする店の前の通りの向かいにある1m程のドブ川の水を柄杓(ひしゃく)で撒いて道を冷やしました。父は「涼しくなった」と喜んでいましたが、高学年になると学校が忙しくなり、撒けなくなったので父が暑がっているかなと心配したものです。前橋市は暑く、夕立と雷が凄いものでした。
最近は父のことを思い出します。両親ともに明治生まれで、愚痴を言わずよく働きました。他の兄姉が叱られることがあっても、私は叱られるようなことはしませんでした。叱られる理由をよく考え、見ていました。父は、言い訳を許さず、手を抜くこと、ごまかしをすること、理不尽なことが嫌いでした。周囲の人で父を批判する人はおらず、怖がられることはありましたが、叱ることはあっても怒ることはありませんでした。
聖書に、「わが子よ、主の訓練を軽んじてはならない。主に叱られて気落ちしてはならない。主はその愛する者を訓練し、受け入れるすべての子に、むちを加えられるのだから。」「父が訓練しない子がいるでしょうか。」とありますが、父親に訓練されていない子が多くいることに気が付きます。父親に厳しさを体験させられていない子供は、学校、職場、社会で厳しくされるとパニックになってしまい、どうしてよいかわからなくなります。
母親は優しく子供を守り助けます。しかし、社会の厳しさに対するには優しさで対応できるものではありません。そのような時に父親が突然厳しく指導しても子供は戸惑うばかりです。家では決して愚痴や弁解をせず、子供と一緒に家事をしたり、旅をしたり、できれば仕事をして親の生活や苦労を体験させたらどうでしょう。
私自身は、できるだけ世界を体験させようとなるべく外国に連れて行きました。学校の成績については誉めずけなさず、見守りました。学業成績が子供の評価の基準になってはいけないと思っていました。教師から指導されても、そのままは子供に伝えず、人にはいろいろな考え方があることを伝えました。今月は、カナダの学校教育をまとめました。私も子供を育てるのには、苦労苦心しました。それは貴重な体験でした。良き思い出です。
事務長 柏崎久雄
カナダにいる長女と孫たちが来ました。14歳の長男は、サッカーの審判員とライフセーバーの資格を持ち、アルバイトしているそうです。中学生らしいけれども、日本のその年頃の少年とは、社会経験やバイタリティーが全く違うという印象を受けました。そのような資格を学校教育の一環として得られるようにしていることに驚きました。その他にも、スキーや水泳でかなり上級の資格を得ており、ボランティアもしているそうです。ただ、2週間ほど日本の中学(2年生)で共に学んで連立方程式を初めて知ったそうで驚いていました。9月から高校生ですが、いろいろと聞いてみてカナダと日本の教育の内容の違いを強く感じました。
ちなみに、日本でもJFA公認サッカー審判資格はオンライン講習及び競技規則理解度テストを受講すると誰でも4級資格を取れるそうです。同様に、ライフセーバーも泳力のある12歳以上ならばウォーターセーフティー資格を取れるようです。
実は、私の次男もカナダの中学校に留学しました。もう27年も前のことですが、日本の中学での就学が困難(非行)なため、日本にいてはいけないと判断してのことです。息子は中1でしたが番長のようで多くの問題を起こしており、近隣の学校にも警察にも知られていました。このままでは、高校に行くどころか、少年院に入ることになると危惧して留学を模索したのでした。
アメリカはクリントン大統領の時で、移民や留学の規制が厳しく、中学留学についてもかなり優秀な学校でなければ、留学ビザが許可されませんでした。私はキリスト教の牧師なので、入学前の英語研修と保証人を友人のアメリカの牧師に頼み、滞在3か月後にサンノゼにある優秀なクリスチャン・スクールの入学許可を得たのです。入学金を支払い、学校に行くと、中学と高校なのに高校生は自分の車を運転して通学しているような裕福でハイレベルな学校でした。息子は、直ぐに「こんな学校はやだ!」と言い、私も無理かなと思いました。
次に探したのがカナダです。当時は子どもの留学はあまりなく、個人の斡旋業者に頼みました。二つの学校を紹介され、一つは郊外にある立派な学校でしたが、これは息子には向かないと判断しました。もう一つが、トロント市内にあるかなり自由な学校でした。試しに3歳上の長男と一緒に4週間のサマーキャンプを体験させ、本人の了解を得て入学手続きをしました。オンタリオ州政府の公認校で留学生が百数十名、日本人が8名ほどおりました。
斡旋業者は、下宿とその家の主婦による保証人を用意してくれましたが、彼女はチリから来た人で英語はあまり話せませんでした。彼女が空港に迎えに来るので息子一人で旅立っても大丈夫と、その業者から聞いていましたが、実際には彼女は迎えに来ず、息子は空港で拘束され、私に電話が来ました。その業者と連絡を取り、どうにか入国できましたが、長い時間留め置かれました。14歳の少年でしたが、ぐれていた分、弱音は吐きませんでした。
9月から12月までの英語集中講座を修了すると、進学過程に進むことが許可されます。卒業後、カナダ、アメリカ、英国への大学入学資格が得られ、授業は朝8時半から午後4時半まで、1時間半の授業を1日5単元学びます。12回授業を無断欠席すると退学処分になり、カナダから国外退去が義務づけられ、再び留学できなくなります。
10月に留学ビザを取得するために、トロントから本人を連れてアメリカのバッファロー市にあるカナダ領事館に私が出頭しなければなりません。本人と一緒に国境のナイアガラまで130キロを走ったところでパスポートを忘れていたことに気が付いてトロントに取りに戻り、バッファローに着いたのですが、アメリカのナビは当時ひどいもので、地図を見てもホテルがわかりません。誰も歩いてないので、スーパーの駐車場でがっしりとした黒人女性に尋ねました。彼女は付いて来いと言って、フリーウェイを飛ばして先導し、窓から手を出してここで降りろと指示しました。ホテルに着いたのは夜の10時過ぎでした。翌朝領事館に着いて面接が始まります。面接は厳しく、態度と服装の悪い息子に留学ビザはおりませんでした。
斡旋業者はあてになりません。日本のカナダ大使館にビザ申請に行きましたが、本人の身なりと態度が良くないので許可がおりません。知り合いの敬虔なクリスチャンがオンタリオ州の交通局の元長官の日系人でした。彼が保証人になってくれて、どうにか申請が通りました。
その後、あまり真面目ではないけれど、どうにか1年半トロントで過ごしてから帰国し、その間、日本の中学の卒業証明書も受けて、とび職を真面目にやり2年後に結婚して、現在は多くの職人(外国人を含めた)を雇う親方として活躍しています。
その後、長女が医学部を卒業し2年間研修を受けた後、バンクーバーのブリティッシュコロンビア大学の医師が学ぶ大学院に留学し、その夫は同じ地域にある神学校に通いました。この大学は402ヘクタールの広大な敷地の中に、大学、大学院、関連大学、植物園、附属病院、ゴルフ場、新渡戸稲造記念庭園、博物館、スーパーマーケット、大学寮、住宅などがある壮大な大学です。400キロ離れたオカナガン湖の近くのケロウナにもキャンパスがあり、合計約5万人が学んでいます。日本人留学生は3~400人です。娘は、現在その近郊で医師をしています。
共に多くの費用が掛かりました。息子の場合には、何もしなければ悪の社会に入る危険もあり、必死でした。それで貯えもなくなり、生活に窮しましたが、将来を懸けたものとして必死に留学を模索したのでした。
娘の場合は、国際的な教養と学位が必要と考え、これも多くの資金が掛かりました。当時、マレーシアの友人が、息子の将来のために家を売ってイギリスに留学させたことを聞き、国際人に育てるためには、そのくらいの覚覚悟が必要なのだと驚いたものです。下の娘たちも、アメリカのサマースクールに4週間ほど通わせ、国際的な感覚を身に付けさせようとしました。今は、それぞれアメリカ人とフランス人と結婚して、国際的に活躍しています。長男も、アメリカ、カナダ、マレーシア、シンガポール、オーストラリアなどに連れて行っています。長男は中国人と結婚しています。
カナダでは、幼稚園から高校卒業までの教育が公的に義務付けられているため、多くの州で高校生までの授業料は無料です。中でもケベック州に関しては、高校卒業以上の年齢(20歳)まで義務教育の対象としています。
カナダは州ごとに教育制度が独自に定められています。各州に置かれた教育省は教育政策を独自に設定し、教科やカリキュラムの内容、評価方法などを決めています。これにより、カナダの教育制度は地域ごとに異なる特色を持っています。たとえば、ブリティッシュコロンビア州では、総合的な教育カリキュラムが重視されており、文科系科目だけでなく芸術やスポーツなどの活動にも力を入れています。一方、アルバータ州では、アカデミックな科目に重点が置かれ、実用的な技術や専門的なトレーニングが提供されます。また、ブリティッシュコロンビア州では個別の総合評価が行われるのに対し、アルバータ州では数値のグレードポイント平均(GPA)が使われるなど、評価方法も異なります。
カナダでは、一部の私立学校を除いて高校進学のための入学試験が行われません。代わりに、学生の学力や興味に基づいてコースやクラスが選択できるようになります。日本では、中学校から高校に進学するとき、成績や筆記試験を中心として高校受験をします。一方でカナダでは、生徒へのヒヤリングや成績などを総合的に判断したうえで、生徒の希望する高校へ進学することができます。生徒の一人一人のニーズや能力に応じた教育の柔軟性が、最大の特徴です。
カナダでは、基本的に中学生以下の子供が留学する場合、保護者の同伴が必要です。子供だけで留学しようと思うと、中学2年生以上でなければいけません。市民権や永住権、就労ビザを持っている親がいる場合、子供の公立小学校・中学校の学費は無料です。また、留学生でも親一人分の留学費用を支払えば、子供の学費がかからない州がたくさんあります。
英語は世界の公用語とされていますが、アメリカやオーストラリア、イギリスの英語はアクセントや発音になまりが出ています。一方で、カナダの英語は、なまりの少ないきれいな英語として留学生から人気が高いです。これは英語とフランス語を公用語としているため英語教育の質が高いこと、移民が多いため第二言語として英語を学習する方へ向けたカリキュラムがしっかり整えられていることの2つが理由です。
カナダの小学校・中学校では、一クラスの人数が15名から20名ほどで構成されています。プロジェクト、プレゼンテーション、クラス参加の態度など、筆記試験だけでは図れないような生徒の能力に焦点を当てて成績をつけます。そのため、授業はプロジェクトベースのアクティブなものがほとんどです。グループワークやディスカッションに積極的に参加する力が磨かれる教育環境であると言えます。
カナダのクラブ活動は学校外のコミュニティで行われることがほとんどです。学校自体がクラブ活動を運営している場合もありますが、生徒の参加は必須ではありません。そのため、スポーツやアート、イベントなどを通して、学校の中だけでは出会えないような人や出来事に巡り合うことができます。孫は、そのようにして多くの資格を取り、社会との接点も得、またその資格でアルバイトもしています。
カナダでは、将来のキャリアや職業選択に役立つ科目を幅広く提供しています。例えば、カナダの中学・高校にはビジネス、コンピューターサイエンス、芸術、デザインなどの様々な分野の選択科目があります。日本の義務教育と比べると学びの幅が広いため、カナダへの留学生は自身の興味や将来の目標に合わせて、多様な科目を選択できます。「より深く学びたい!」と思った分野は大学や専門学校に進学して知識をさらに深めることもできます。自己成長や専門知識の獲得にもつながるでしょう。
カナダの学校では、ボランティア活動が積極的に取り入れられています。例えば、学校周辺のごみ拾いをしたり、募金を呼び掛けたりといった活動を行います。生徒は地域や社会への貢献を通じて社会的な意識を高められるだけではなく、将来の目標や目的を見出すことが可能です。留学生も、新たな文化やコミュニティに触れながら、他者に尽くす喜びや共感の大切さを学ぶことができます。
私はカナダに6回行っており最初の3回はトロントですが、治安の良い文化的で自然を愛する国です。アメリカからカナダに車で入ると、カナダの車がしっかりしており、きれいなのに気が付きます。カナダをドライブすると「この先80㎞ガソリンスタンドなし!」などの警告があり、車がエンストすると極寒の原野では命取りになります。私の経験では、寒い地域は治安が良いようです。アメリカでは危険なので歩道に人が歩いていませんし、道を聞くことはできません。カナダは治安が良く、道にはジョギングや散歩をする人が多く、事件に巻き込まれることもあまりありません。
食事も自然を大事にしたもので、砂糖やフレーバーは強くありません。パンはしっかりと作ってあり、アメリカのパンやドーナッツとは全く違っています。移民や外国人が多いので、日本人でも違和感はありません。英語が十分に話せなくても、暮らしてはいけます。アメリカやカナダでは、学校の成績というより本人の全体的な能力が問われるという実力社会です。
やり方、考え方を教え込むことや暗記を重視した日本の教育と海外の教育は全く違ってきています。日本、中国、韓国などの英才教育では、これからの時代には対応できないでしょう。教育と考え方は頭の柔らかい十代のうちに形成され、その後ではいくら努力しても難しいものです。英語を中心とした語学力は必須ですし、ITを駆使する能力がなければ社会では働きようがありません。コミュニケーション能力は自分で磨かなければなりません。
日本の社会構造、組織構造も、慣習や規則に囚われ、世界で活躍する人材を養成するには難しくなっています。親の世代は、自分の老後のことを心配するよりも、子どもを育て成長させる責任を強く自覚しなければなりません。甘やかして育てると、おちおち余生を味わうこともできなくなるかもしれません。
柏崎 久雄
・株式会社ヨーゼフ 代表取締役社長
・マリヤ・クリニック 事務長
・千葉福音キリスト教会 牧師
妻(マリヤ・クリニック院長)が低血糖症なのをきっかけに、分子整合栄養医学を勉強し、2004年にサプリメント会社を設立